『窓ぎわのトットちゃん』で感じた Web アクセシビリティにも通じる想い

昨年のことですが、12月に公開された映画『窓ぎわのトットちゃん』(tottochan-movie.jp)を観ました。

映画『窓ぎわのトットちゃん』予告 <12月8日(金) 公開>(YouTube)

ベストセラーにもなった黒柳徹子さんの自伝を原作としたアニメ映画ですが、実はその時点では原作は未読。鉄道マニア的な観点から大井町線のモハ510形(Instagram)トモエ学園の電車教室(鉄道省払い下げ車の廃車体利用)(Instagram)の描写が気になるという理由で観に行ったのですが、思わぬ形で Web アクセシビリティへの想いにも関連するシーンがありました。

トットちゃんが転校したトモエ学園にはちょっと変わった生徒が在籍しています。小児麻痺を患っている泰明ちゃん(山本泰明)は一応自分の足で歩けるものの、木に登ったり激しい運動をしたりすることができません。主人公であるトットちゃん自身もその自由奔放すぎる振る舞いから前の学校を追い出されたくらいですから、やはり変わった子だったといえます。

そんな生徒達に対して校長である小林先生(小林宗作)は過度な配慮、介入をしない大人として描かれています。

ある日、学園内の汲み取り式トイレに財布を落としてしまったトットちゃんは、ひしゃくを持ち出して自力で汚物を汲み上げて財布を探そうとします。そこへ通りかかった校長先生はトットちゃんに何をしているのかと問い、状況を把握すると「そうかい」とだけ言ってその場を立ち去ります。しばらくした後、トットちゃんがまだ奮闘を続けている様子を見て「終わったら戻しとけよ」と言って再び去ってしまいます。

こんな対応ができる大人は多くないでしょう。目の前の子供(トットちゃん)は大人に頼らず、自らの過ちを自力で解決しようとしているのです。映画では「戻しとけよ」と言われて我に返ったのか、汲み上げた汚物の山を見てトットちゃんは唖然としていましたが、原作では

校長先生が、自分のしたことを怒らないで、自分のことを信頼してくれて、ちゃんとした人格をもった人間としてあつかってくれた。

との思いが書かれています。

校長先生はその性格からして、もしトットちゃんが最初に相談をしてきたら一緒に財布捜しに奔走してくれたでしょう。しかしトットちゃんは自分で対応することを選択したため、たとえ服が汚物まみれになったとしても、最後まで自分で責任を取らせる選択をしたのだと思います。

映画でこのシーンを観たとき、小林校長の教育者としての姿勢に感銘を受けるとともに、自身の日々の HTML マークアップ、そしてアクセシビリティに対する姿勢にも繋がるものを感じました。

サムネイル画像
映画館に掲出された『窓ぎわのトットちゃん』のバナー広告(イオンシネマみなとみらい)オリジナル画像

アクセシビリティではつい「できない人に対する配慮」をやってしまいがちです。しかしそれは正しい方針でしょうか。

ボタンを <span onClick="..."> でなく <button> 要素でマークアップする理由は、マウスを使うことができないユーザーへの配慮ではありません。<img> 要素の alt 属性が一部の例外を除き必須なのは、画像を見ることができない人にテキスト情報を提供する配慮からではありません。

トットちゃんは結局トイレに落とした財布を見つけることができなかったようです。もしかしたら、校長先生や周りの大人が協力してくれれば見つかったかもしれません。でも「非力な子供に対する配慮」をあえてしなかった。それは相手が小さな子供であろうと、自力で探すというその人の選択した行為を尊重したからです。たとえ財布の紛失という結果になろうとも、それは大事なことだと考えます。

Web アクセシビリティも同じです。ブラウザには様々な機能がありますが、それらをすべて使いこなせる人は多くないでしょう。ブラウザが持つズーム機能を知らない人にとっては Web ページの文字サイズ変更ボタンはありがたい配慮かもしれません。スクリーンリーダーのショートカットを使いこなせない人にとってはページ冒頭のスキップリンクは有用かもしれません。逆にそれがないことにより困る思いをする人も現実問題として存在するのは間違いありません。

ただそれらの機能の必要性の可否が論じられる際、ブラウザや支援技術のサポート状況など技術的な点が語られることは多い一方で、人権的な問題、ここでいう人権とは奴隷問題のような差別的なことよりも、相手を一人前の人間として尊重できるかという視点からの議論をほとんど見たことがありません。

小林校長は決して放任主義を貫いていたわけではありません。小児麻痺を患う泰明ちゃんの身体に多大な影響が出ると判断したときには子供たちを制止することもありました。仮想空間である Web では人間の身体に直接影響が出ることはありませんが、人気公演の先着チケット販売ページのように秒単位の差がものをいう場面では画面を目で見てマウスを使う人も、スクリーンリーダー利用でキーボード操作をする人も、同じレベルの俊敏さを確保できることが求められます。

一昔前に比べて Web サイトのアクセシビリティは格段に向上し、また Web アクセシビリティに興味を持つ人も信じられないほど増えています。とても素晴らしいことです。今後はこのような人権的な観点も含めて、より一層の努力が必要ではないかと思った次第です。