台湾のアニメ雑誌「Frontier」2008年9月号の久米田先生特集記事

投稿

久米田先生は2008年に台湾でサイン会を行っていますが、その折に現地のラジオに出演されたり、インタビューを受けたりしていることは周知のとおりです。

今回、トークショーレポートやインタビュー記事が載ったアニメ情報誌「Frontier」2008年9月号を入手したので紹介します。

オリジナル画像
図1:「Frontier」2008年9月号の表紙

久米田先生の記事は54~57ページの計4ページ分で、すべてモノクロページながら会場の写真も多数掲載されています。

台湾トークショーレポート

前半2ページはトークショーのレポートです。以下、本文の書き起こしと日本語訳です。

なお、翻訳はDeepL翻訳(www.deepl.com)の結果を元に手直しをしていますが、箇所によって直訳、意訳が混じっているなど読みにくいものとなっています。また私自身は台湾語はまったく分からないので誤訳もあると思いますのでご了承ください。

不久前《絕望先生》的聲優神谷浩史才剛來過台灣,在這次第9屆漫博會裡,喜愛《絕望先生》的動漫迷們又有幸能和作者久米田康治老師見面。而相對於在日本國內的低調,久米田老師此次來台的活動行程相當的活躍。除了由東立出版社本身所舉行的座談會和簽名會之外,還有上電台節目,而F誌也榮幸的有機會進行單獨的專訪。

久米田老師在簽名會之前先舉行了一場座談會,由COS著主角――糸色望老師的讀者做開場,而主持人小A也做了音無芽留的打扮。久米田老師進場後,先接受了獻花,而後入座開始進行座談。因為座談會的內容報導大概在其他媒體和網路上都可以看到,因此限於篇幅就摘要的介紹一下概況。

關於《絕望先生》裡批評時事的題材,老師都是在平常生活裡就去注意一些時事。而有時也會有同時出現許多想畫的題材的情況。

記者問起老師最喜歡自己筆下的哪個人物,老師的答案是都不喜歡,因為這些人物要是實際存在的話,應該會讓人很困擾。

這個答案和之前神谷先生來台時說到的對糸色望這個角色的看法,真是一致啊。

問到久米田老師認為最好畫的和最難畫的東西是什麼,老師則表示他畫的人物的難度都差不多,因為每個角色的畫法差別都不大。而覺得難畫的是動物,因為大家都覺得他畫的動物很醜。

而提起這次來到台灣的感受,久米田老師是認為台灣的人們都很親切,並沒有因為他是日本人就受到厭惡。此時主持人提起台灣棒球隊在奧運中才剛剛輸給日本,老師則笑著說「就讓我們一起進入決賽吧」。

那麼老師來到台灣最想去的地方是哪裡呢? 久米田老師說,就身為一個觀光客來說的話,最想去的地方是九份。

「Frontier」2008年9月号 p.54

つい最近『絶望先生』の声優である神谷浩史が台湾にやってきたばかりですが、今回の第9回漫画博覧会では『絶望先生』のアニメファンが作者の久米田康治先生に出会えたことを幸運に思います。日本国内での低調さとは対照的に、今回の久米田先生の台湾でのスケジュールはかなり活発でした。東立出版社自身によるトークショーとサイン会のほか、ラジオ番組にも出演し、F誌では光栄なことに個別インタビューを行う機会を与えられました。

久米田先生はサイン会の前にトークショーを開き、主人公・糸色望先生のコスプレをした読者がオープニングを飾り、司会の小Aさんも音無芽留の恰好をしていました。

久米田先生は会場に入って献花を受け取ってから席に着き、トークを始めました。トークショーの内容は他のメディアやインターネットでも紹介されるでしょうから、スペースの都合上、概況をかいつまんでお伝えします。

時事問題の批評を題材にしている『絶望先生』において、先生は日常生活の中で常に時事問題を意識しています。時には同時に描きたいテーマがたくさんあることもあります。

記者は先生に自分のキャラクターの中で誰がいちばん好きなのか尋ねましたが、先生の答えは、もしこのようなキャラクターが実際に存在したらとても厄介なので、誰も好きではないと答えました。

この回答は、神谷さんが台湾に来たときに糸色望のキャラクターに対する見方について語ったことと一致しています。

描いていていちばん良かったと思うもの、いちばん難しかったと思うものを聞かれた久米田先生は、どのキャラクターも描き方にあまり違いがないので、似たような難しさがあると答えました。描くのが難しいのは動物で、彼が描く動物は誰もが酷いと思ってます。

今回の台湾訪問について、久米田先生は台湾の人々はとても親切で、日本人だからといって嫌われることはないと感じました。

司会者が台湾の野球チームがオリンピックで日本に負けたばかりだという話をすると、彼は笑って「決勝戦に向けて頑張りましょう」と言いました。

では、先生が台湾でいちばん行きたいところはどこですか? 久米田先生は観光客としていちばん行きたいのは九份だと言いました。

許多《絕望先生》的讀者應該也知道,久米田老師在之前這部作品得獎時,曾經舉行「生前祭」,問到為什麼老師會這麼做? 躺在棺材裡的感覺又是如何呢? 久米田老師表示‥因為他覺得自己遇到什麼好事之後,就相對的會有壞事跟著到來。而《絕望先生》不但被改拍成動畫,這次又獲獎,要消弭這麼大的好事之後跟著來的壞事,大概也就只好先死一次了,於是就辦了「生前祭」。而躺在棺材裡的感覺呢,就是裡面非常的問熱,這樣被放進去的人就算要復活大概也復活不了,所以他希望棺材廠商能夠改良一下,這樣或許有人可以復活過來。

至於《絕望先生》是否會有什麼商品化的企劃? 久米田老師說其實是有過像做饅頭之類的企劃,大概是很難藉此大賺一筆。

又有記者提到新條真由老師這次也來到台灣,久米田老師很驚訝大家對他的事知道的這麼詳細,不過實際上他從沒有跟新條老師見過面。他問起新條老師此時應該已經回日本了吧? 如果還沒回去,那他要小心點不要和她遇上。

而老師在《絕望先生》裡常常也有對其他漫畫家吐槽的橋段,是否會有其他漫畫家的支持者來抗議呢? 老師表示其實他都會拿捏好分寸,真的不可以畫的事情他是不會畫出來的。當然也有其他漫畫家的支持者來信抗議過,不過看到他們抗議的內容,其實是他們誤解了老師所要表達的意思。

在座談結束後,此次配合老師來台所舉辦的「絕望先生絕望模擬畫」比賽,也請久米田老師從決賽作品中選出優勝作品。老師表示在日本這類活動都是事前就先選好內定,現在要他當場選出實在很難。最後他以「色彩最具有台灣感覺」的基準選出了優勝作品。

在最後,久米田老師說這次的座談會讓他一點都不感到絕望,看來是無法當做他漫畫的題材了。從這話中可以感受得到台灣漫迷們的熱情讓他非常感到開心。

「Frontier」2008年9月号 p.55

『絶望先生』の読者の方ならご存知の方も多いと思いますが、久米田先生はこの作品で受賞した際に生前葬を行いましたが先生はなぜそのようなことをしたのでしょう? 棺桶の中の寝心地はどうでしたか? 久米田先生の回答: 自分に良いことが起こった後には悪いことが起こると考えているからです。『絶望先生』はアニメ化されただけでなく、今回は賞も受賞しました。そのような良いことの後に来る悪いことを排除するためには、まず自分が死ななければならないと思い、そのために生前葬を行いました。棺に横たわる感覚は、中がとても暑く、人を入れてもおそらく生き返ることはできないため、生き返れるように納棺師が改善してくれることを願っています。

『絶望先生』を商品化する予定はありますか? 久米田先生は、実際に饅頭を作る計画はあるが、それで大きく儲けるのは難しいだろうと言いました。

また、別の記者が新條まゆ先生が今回台湾に来ていたと言っていたが、久米田先生は自分のことをこんなにも知っている人がいることに驚いていた。

しかし、実際には新條先生とは一度も会ったことがなかった。今頃、新條先生は日本に帰っているだろうかと尋ねた。そうでなければ、彼女に遭遇しないように気をつけなければならない。

また、『絶望先生』では他の漫画家をよくネタにしていますが、そのファンからの抗議はあるのでしょうか? 先生は理に適っている方法を知っていて、本当に描けないものは描かないとおっしゃっていました。他の漫画家のファンからも抗議の手紙が届いていますが、その内容を読むと、先生の言わんとしていることを誤解していたのです。

トークショーの最後に、久米田先生の訪台に合わせて開催された「絶望先生イラストコンテスト」の最終選考に残った作品の中から最優秀作品を選ぶことになりました。日本ではこのようなイベントは事前に決まっているので、その場で優勝者を決めるのは難しいとのことでした。最終的には、「もっとも台湾らしさを感じさせる色彩」という基準で優勝作品を選んだそうです。

最後に久米田先生は、このトークショーにはまったく失望していないが、自分の漫画の題材にはならないだろうと語った。彼は台湾のファンの熱狂ぶりに喜んでいました。

インタビュー

後半2ページはインタビューです。

特別專訪

在座談會和簽名會結束的第2天,老師特別在東立出版社會議室裡接受了F誌的專訪,以下是此次專訪的內容。

「Frontier」2008年9月号 p.56

スペシャルインタビュー

トークショーとサイン会が終わった2日目、先生は東立出版社の会議室でF誌の取材を受けました。

訪‥首先請問老師是在什麼樣的契機下開始創作漫畫的?

久米田‥契機啊…在大學的時候,其實我原本是希望能到學校當老師,但是沒被錄取。而我就讀的大學,被嘲諷說是一所「只能去當老師,不然就只有當漫畫家」的大學(笑),而我就想「那就來畫漫畫看看吧」。就偶然的,我最初畫的漫畫在『少年SUNDAY』得獎,就開始出道了。說來我畫漫畫開始得相當晚,所以在剛出道時非常的辛苦,像是還讓助手教我一些畫法(笑)我是這樣的情況,因此我想,如果有人希望成為漫畫家的話,就算從20歲才開始也是沒關係的(笑),請務必嘗試著畫畫看。

「Frontier」2008年9月号 p.56

インタビュアー: まず、漫画を描き始めたきっかけは何だったのでしょうか?

久米田: きっかけは……、私は大学時代、教師を目指していましたが、不合格でした。私が通っていた大学は「教師か漫画家にしかなれない大学」と揶揄されていたので(笑)、「だったら漫画を描こう」と思ったのです。偶然にも最初に描いた漫画が「少年サンデー」で受賞し、デビューしました。私は漫画を描き始めたのがかなり遅かったので、最初の頃はアシスタントに描き方を教えてもらったりして苦労しました(笑)。そんな状態だったので、もし漫画家になりたい人がいたら、20歳から始めても大丈夫だと思います(笑)。ぜひ描いてみてください。

訪‥老師在昨天的簽名會裡和台灣的畫迷們直接會面,有什麼樣的感想呢?

久米田‥台灣的讀者嗎…在來台灣之前…《絕望先生》在日本常常被說很多笑點很難理解,受到一些非難,而這裡的讀者卻能夠接受,這讓我感到非常的高興。不過說來,這次受到的歡迎實在太過熱烈,讓我覺得這有點可疑,我在想會不會是花錢請來的(笑)…真的是非常的感謝。

「Frontier」2008年9月号 p.56

インタビュアー: 昨日のサイン会で、台湾のファンと直接会ってみていかがでしたか?

久米田: 台湾の読者……、台湾に来る前……、『絶望先生』は、日本ではギャグが分かりづらいと批判されることが多かったのですが、ここでは批判もあったが読者が受け入れてくれてとても嬉しかったです。ただ、あまりにも圧倒的な評判だったので、ちょっと怪しい、買収されたのかと思ってしまいました(笑)、本当に感謝しています。

訪‥在《絕望先生》裡充滿著許多懷舊的表現手法以及大正浪漫的氣息,這是因為老師個人的喜好而畫的嗎? 還是這對這部作品本身有什麼特別的涵義在?

久米田‥是的,這有著我個人喜好的因素,不過…在時代背景上,就時代的設定上,現在日本的年號已經不是昭和了。而《絕望先生》是昭和88年(實際的昭和年號只有到64年)這樣異常的漫長的昭和時代的設定,所以就刻意讓它帶有一些懷舊的感覺。

「Frontier」2008年9月号 p.56

インタビュアー: 『絶望先生』には、懐かしさや大正ロマンが感じられますが、それはあなたの好みによるものですか? それとも、作品自体に特別な意味があるのでしょうか。

久米田: そうですね、個人的な好みですが……、時代設定的には日本の年号はもう昭和ではありません。そして『絶望先生』は、昭和88年という異様に長い昭和時代を舞台にしているので(実際の昭和は64年まで)、わざとノスタルジックな雰囲気を醸し出しています。

訪‥在《絕望先生》裡經常以自殺來做為一些笑料的表現,日本社會有時對這種事會有過度的反應,那老師有沒有因此接到過什麼批評或抗議?

久米田‥的確是這樣,不過說來很可悲吧,比起我漫畫裡所畫的,在現實世界裡這類的事件發生得更多,所以或許可以說是他們也沒那個閒情來在意我,或者說沒有空間來生我的氣吧,因為有這樣的現況,所以我並沒有受到過什麼指責,沒有因為自殺的笑點而受到指責。

「Frontier」2008年9月号 pp.56-57

インタビュアー: 『絶望先生』では、彼が冗談で自殺することが多いのですが、日本社会はこのようなことに過剰反応することがあります。先生が批判や抗議を受けたことはありますか?

久米田: 確かにそうですが、悲しいことに現実世界では私の漫画よりも頻繁に起こっていることなので、気にしたり怒ったりする余裕がないのか、私は何の告発も受けておらず、自殺を冗談で言っても批判されませんでした。

訪‥對於《絕望先生》的動畫版,老師有什麼樣的感想呢?

久米田‥關於動畫版我本身是不去介入的,真的是完全交由製作公司照著他們自己的意思去做,而那也使得作品走上了很好的方向,我覺得他們做得相當的生動。

「Frontier」2008年9月号 p.57

インタビュアー: 『絶望先生』のアニメ化についてどう思われますか?

久米田: 私はアニメ版には介入しておらず、制作会社の好きなように任せていたのですが、それがとても良い方向につながり、素晴らしい仕事をしてくれたと思っています。

訪‥漫畫家大概都是在自己家裡工作,我想沒有很明顯區隔的休假日,那老師平常在休息時有沒有什麼嗜好,或者都做些什麼事呢?

久米田‥昨天好像也有被問到嗜好的事(笑)…反而是我經常會有到處問人「該做些什麼好呢?」「有沒有什麼有趣的事呢?」的狀況。似乎我不管做什麼,都會有在中途就開始覺得不太有趣的情況,像是在玩Wii的時候也是這樣,一個人在家裡玩《勇者鬥惡龍劍神》,玩著玩著就突然覺得「咦? 我這樣玩著好嗎?」就突然覺得不有趣了(笑)…總是在中途會這樣,原本覺得有趣的事情也變得不有趣,所以就嗜好來說,我沒有什麼持久的嗜好。

「Frontier」2008年9月号 p.57

インタビュアー: 漫画家はおそらく自宅で仕事をしているので明確な休日というものはないと思いますが、休息時の趣味を持っていますか、あるいは何をしていますか?

久米田: 昨日も趣味を聞かれたような気がしますが(笑)、むしろ他人に「何をしたらいいですか?」「何か面白いことはないか?」と聞いています。何をやっても、途中で面白くなくなってしまいます。例えば家で一人 Wii の『ドラゴンクエストソード』で遊んでいた時、ふと「え、こんなに遊んでいていいのか?」と急に面白くなくなってしまった(笑)……いつも途中からそんな感じです。楽しかったことが途中で楽しくなくなってしまい、趣味に関しては長続きしないですね。

訪‥老師在漫畫裡對很多事情都做了吐槽,那在平常的生活裡也會這樣對人吐糟嗎?

久米田‥對別人嗎? 我不會那樣做的(笑),在日本這樣做的話,遇到些危險人物,說不定會被捅呢。很危險啊,這類事件很多呢,像在秋葉原也有這樣的事件。

「Frontier」2008年9月号 p.57

インタビュアー: 漫画の中で先生はいろいろなことを吐き出していますが、普段の生活の中でも同じことをされているのですか?

久米田: 他の人に? そんなことはしませんが(笑)、日本でそんなことをしたら、危ない人に会ったら刺されてしまうかもしれません。とても危険です。秋葉原のように、そのような事件が多発しています。

訪‥那麼會放在自己的心裡,留做漫畫的題材嗎?

久米田‥是啊,會在自己的心裡想著,但不會實際說出來,因為我是個膽小的人。

「Frontier」2008年9月号 p.57

インタビュアー: 心に留めておいて、漫画の題材にするということですか?

久米田: はい、頭の中では考えているんですけど、臆病なので実際には言いません。

訪‥昨天有說到,如果身為觀光客的話,最想去的地方是九份,今天是不是有去呢?

久米田‥如果今天能去的話,我是想去看看。

「Frontier」2008年9月号 p.57

インタビュアー: 昨日、観光客だったらいちばん行きたい場所は九份だと言いましたが、今日は行かれましたか?

久米田: 今日は行けたら行ってみたいと思います。

訪‥那麼老師是喜歡九份的哪一些方面呢?

久米田‥首先說來就是一種懷舊的感覺吧,在一些照片看到的時候,就覺得那是一種讓日本人也會感到懷念的景色。這並不是來到台灣之後才起的念頭,在這次被邀請來台灣的更早之前,就一直很想要去了,如果今天在時間上可以的話,我很希望能去。

「Frontier」2008年9月号 p.57

インタビュアー: 九份のどんなところが好きですか?

久米田: まず、懐かしさがあると思います。写真で見たときに、日本人でも懐かしい風景だと思いました。台湾に来てから思いついたわけではなく、招かれる前から行きたいと思っていたので、できることなら今日中に行きたいと思っています。

訪‥大致說來老師就是喜爱那些古老而美好的年代的事物吧?

久米田‥是啊,我覺得被遺留下來的老舊建築是很美好的,雖然新式的建築物也有它的優點,但我希望台灣能繼續把那些古老建築保留下去。

「Frontier」2008年9月号 p.57

インタビュアー: 先生は、そういう古くて美しい時代のものが好きなのでしょうか?

久米田: そうですね、残された古い建物は美しいと思いますし、新しい建物にも良さはありますが、台湾にはその古い建物をこれからも残していって欲しいと思います。

訪‥那麼最後請老師對F誌的讀者們說句話。

久米田‥我一直是相當受到日本的動畫相關的雜誌忽略的,就算作品動畫化了也不會為我做什麼特集(笑),所以能被這本雜誌做報導,我非常開心。雖然在台灣要觀賞還有些困難,不過如果各位有機會觀賞到動畫版的話,請務必來信告訴我感想或是批評。

「Frontier」2008年9月号 p.57

インタビュアー: 最後にF誌の読者に向けて、一言お願いします。

久米田: 日本のアニメ雑誌ではいつも無視されていて、作品がアニメ化されていても特集を組んでもらえないので(笑)、この雑誌で取り上げてもらえてとても嬉しいです。台湾での視聴は難しいですが、もしアニメ版を観る機会がありましたら、ぜひ感想やご意見をお寄せください。