「魔法少女まどか☆マギカ10(展)」東京会場の感想レポート
9月22日〜10月5日に松屋銀座で開催された魔法少女まどか☆マギカ10(展)(10th.madoka-magica.com
)に行ってきました。
2011年に放送された TV シリーズの10周年を記念した展示会ですが、これまでに
- 魔法少女まどかマギカ展(2011〜2013年)(
web.archive.org
) - 魔法少女まどか☆マギカ複製原画展(2013年)(
www.mpsinc.co.jp
) - 劇場版 魔法少女まどか☆マギカ展 もう一度あなたに逢いたい…(2014年)(
www.mpsinc.co.jp
)
の3度の公式展示会が行われ、さらに
- 蒼樹うめ展(2015〜2017年)(
www.umeten.jp
) - MADOGATARI展(2015〜2016年)(
www.madogatari.jp
)
の2つの展示会でも、それぞれ「蒼樹うめの『ひだまりスケッチ』と『魔法少女まどか☆マギカ』」、「シャフト制作の『〈物語〉シリーズ』と『魔法少女まどか☆マギカ』」という2大代表作の一つとしてかなりのスペースを割いた展示が行われました。
その後の作品の動きとしては、外伝作品であるマギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝(magireco.com
)のゲーム配信(2017年〜)、舞台化(2018年)、TVアニメ放送(2020年、2021年)の展開があるものの、本伝の方は「MADOGATARI展」の展示の一環で4分ほどの「コンセプトムービー」が制作された他は今年(2021年)4月に続編映画『ワルプルギスの廻天』の制作決定が発表されたのみという状況です。
そのため本展示会はあくまで10年の振り返りという位置づけで新規の展示物は少なめだろうと、正直それほどの期待を持っていなかったのですが、実際に行ってみた結果としては満足度が高く充実したイベントでした。
展示は1か所だけ劇場版新編の変身シーン映像が流れていた他は TV シリーズのみに絞られており、1話から順におおむね話数ごとにスペースが区切られており、視聴体験を振り返るコンセプトのように思えました。
個人的に興味をひかれたのは以下の展示です。
- 劇団イヌカレーのイメージノート
- 7話終盤、影の魔女戦の原撮映像
- 7〜9話のシナリオ
劇団イヌカレーのイメージノート
3話のスペースには、まどかとマミがお菓子の魔女結界を進む中で通ったビンの空間を再現した一角があり、その壁には劇団イヌカレーによるイメージノートが所狭しと貼られていました。
そのほとんどはPRODUCTION NOTE付属の「劇団イヌカレーイメージノート」に収録されていますが、他の展示会や書籍を含めても初出しと思われる資料も複数ありました。
本来であれば1枚ずつ PN と比較して初出リストを作りたいところですが、滞在時間的に難しかったのでパッと見で気になった2点のみ紹介します。
マミの緊縛魔法
マミの緊縛魔法に関するノートにはマミはイメージカラーが赤とのことなので、単純にリボン系のとか
と書かれています。マミの当初のイメージカラーは杏子と逆で赤色でしたが[1]、そこからの連想でリボンによる魔法となったようです。また、マミ死亡時にほむらを束縛していたリボンが溶ける表現は血みたいに液体化して魔法とける。→赤→黒
と書かれているように、赤色から血を連想してのアイデアだったことが分かります。実際の作中ではマミが出すリボンは黄色のことが多いですが、お菓子の魔女結界内でほむらと Charlotte を縛った時のリボンが赤色なのはこの初期設定の名残なのかもしれませんね。
他にもソウルジェムからリボンが出現する未採用イラストも描かれており、興味が尽きません。ちなみに、このイメージノートの Charlotte 部分のみは「劇団イヌカレーイメージノート」の p.77 (グリーフシード案のページ)に切り貼りする形で掲載されています。
影の魔女の触手
7話でさやかと戦う影の魔女の手下(Sebastian's)は様々な動物がモチーフになっています。このこと自体はKEY ANIMATION NOTE Vol.4の p.79 で言及されており、また「劇団イヌカレーイメージノート」の p.22 やTV 版公式サイトの魔女図鑑(www.madoka-magica.com
)のイラストからも明らかですが、本展示会ではシルエットではない通常のイラストによるイメージが展示されていたことにより、元となった動物がよりハッキリ分かるようになりました。犬やウサギ、ヘビは既出イラストにもいますが、羊は初めて見ました。
ちなみに、 Sebastian's は TV 放送時はせいぜい耳の有る無しくらいのパターンしかなかったのですが、パッケージ化に際し全面的に描き直され、設定に忠実な表現となりました。
影の魔女戦の原撮映像
7話のスペースでは杏子が作中で口にしていた食べ物の立体展示などがありましたが、何より目を奪われたのは影の魔女戦のシーンの原撮映像と完成映像を壁一面に横並びで流す演出です。
原画展でよく見られる原画を壁に並べて展示する形態の場合、スペースの都合から主要カットのみ抜粋されることが多いのに対して、原画を映像にした原撮形式だと特定のシーンに限られる一方でそのシーン内ではカットの省略がない状態であり、これはTV放送後も(Blu-ray 化などのタイミングで)映像のアップデートが多いシャフト作品においては新たな発見ができるケースもあります。
今回の展示でも2つの発見がありました。一つは杏子が助けに入った直後のまどかが魔法少女姿になっていることです(この時点では契約すらしていないのに)。原撮ではシルエットながらスカートや靴の形状が明らかに魔法少女服で、それを踏まえて修正された完成映像を見ると、その名残なのかスカートの長さが微妙に長かったり、頭のリボンが変身時に近い形状となっていたりします。
まあこれは単なる制作過程上のミスとして、興味深いのはさやかが杏子の制止を無視して影の魔女(ElsaMaria)の首を刎ねるカットです。ここはパッケージ版では魔女の血しぶき表現が追加されているのですが(黒い影絵表現の中での赤い血なのでとても目立ちます)、原撮でも血しぶきがありました。
このシーンはKEY ANIMATION NOTE Vol.4の p.83 に原画が掲載されているのですが、血しぶきがあるのは1カットのみ(D-1)の掲載で、キャラクターとは独立した血しぶきだけの原画なので本当に血しぶきなのかイマイチ自信がなかったものが、原撮では魔女の体内から飛び出た液体の動き方をしており、間違いなく血しぶきである確信が持てました。すなわち、原画(血しぶきあり) → TV 放送(血しぶきなし) → パッケージ版(血しぶきあり)という変遷を辿ってきたことになり、 TV 放送時は血しぶき表現をあえて除去したということになります。おそらく放送上の配慮なのでしょう。
放送用にいったん完成した映像にさらに手を加えるのはカットごとに様々な理由がありますが、その理由が明確に判明しているカットはごく僅かです。『魔法少女まどか☆マギカ』は原画集や多数のインタビューの中で映像差分に言及されているものもありますから、それでも他作品と比べれば恵まれている方ですが、今回の展示で新たな理由が(あくまで推測で確定ではないとはいえ)判明したことは、これだけでも展示会に足を運んだ意義があったというものです。
7〜9話のシナリオ
8話のスペースは Oktavia を再現した立体展示に目をひかれますが、その手前には7〜9話のシナリオペーパーが置かれていました。
4つの台座に置かれたペーパー群が束になっていましたが、手触れ禁止だったため閲覧できるのはそれぞれもっとも上の1枚だけで、その掲載範囲は以下のとおりです。
- 7話Bパート冒頭(教会): 「奇跡ってのはタダじゃないんだ」から「あんたも開き直って、好き勝手にやればいい。」まで
- 7話Bパート終盤(影の魔女戦): 「おい――」「邪魔しないで。一人でやれるわ」から「やめて……もう、やめて……」まで
- 8話Bパート終盤(さやか魔女化): 「確かにあたしは、何人か救いもしたけどさ。」から「だったら、やがて魔女になる君たちのことは魔法少女と呼ぶべきだよね」まで
- 9話Bパート終盤(人魚の魔女戦): 「……怒ってんだろ? 何もかも許せないんだろ?」から「頼むよ、神様……」まで
『魔法少女まどか☆マギカ』のシナリオは魔法少女まどか☆マギカ The Beginning Storyにて決定稿の全量と、0稿の一部が収録されており、上記のシーンもすべて掲載されています。しかしながら分量が多いこともあり、細部まで記憶しておくのもなかなか難しいものです。そのため通読しているはずのシナリオであっても、展示会場で改めて見てみると新鮮な驚きがありました。
個人的に注目したいのは、7話の教会シーンで「……なんでそんな話を、あたしに?」と問われた杏子が一瞬黙ったのはやや気恥ずかしいのを誤魔化すため
だったことと、8話終盤のキュゥべえによる印象的なセリフ「この国では成長途上の女性のことを少女って呼ぶんだろ?」が脚本段階では「……女のことを……」になっていたことです。「女」と「女性」では受け取る印象が異なりますから、虚淵玄が当作品における魔法少女(になる人間)をどういう視点で見ていたのかが窺える一文だと感じた次第です。
数ある展示物の中でごく一部をピックアップしましたが、全体的にはアニメを1回観ただけのライトな視聴者から、設定集や原画集を穴が空くまで読み込んでいるヘヴィなマニアまでそれぞれのペース配分に合わせて楽しめる展示になっていると感じました。ただし後者を自覚する人は最低でも半日は時間を取っておくことをお勧めします。私は冒頭に記したように当初はそれほど期待を持っておらず、完全舐めプで閉場2時間前に入場したらまったく時間が足りずに後悔したので……。
一つだけ欲を言わせていただくと、23名のイラストレーター、漫画家によるお祝いイラスト(10th.madoka-magica.com
)の展示があったら良かったなあと。 Web で公開されていると言ってしまえばそれまでですが、来場者は「10周年記念サイト」を見ているとは限りませんし、完成イラストをそのまま飾るだけでも10周年イベントとしての意義はあるのではと思った次第です。
東京会場は終了しましたが、この後も福岡、石川、大阪、新潟、静岡と全国巡回が続くようなので、足を運んでみてはいかがでしょうか。
脚注
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1.
公式ガイドブック「you are not alone.」の虚淵玄インタビュー(p.105)より。 ↩ 戻る