久米田康治先生は高橋留美子先生と“歌舞伎”を観に行かれたことはあるのか?

Wikipedia の久米田康治先生のページ(Wikipedia)には以下の記述があります。

高橋留美子とは『週刊少年サンデー』の巻末コメントで、「一緒に歌舞伎を観に行きました」「また行きましょう、久米田先生」などとやり取りするなどプライベートで行動を共にしている仲で、高橋は久米田の生前葬にも参列した。

しかし私はそのようなコメントを見た覚えがありません。久米田先生の目次コメントは読み切りを含めてすべてチェックしているのですが、宝塚歌劇の愛好家であることを公言されたことはあれど[1]、歌舞伎への言及はありません。それ以外のインタビュー等でもこのような発言はされていないと思います。

宝塚に関しては以下のように複数回ご一緒なさっているようです。

サンデー号数 久米田先生のコメント 高橋先生のコメント
1992年7号 実は私、宝塚歌劇のファン。でも最近忙しくて見に行けないんです。 誌面上では反応せず
1992年39号 宝塚歌劇を観た。あ〜、私もあの舞台に立ちたい。でも男じゃダメか。 ついに観ました、『宝塚』!! 久米田先生、ありがとうございましたぁ〜。
1993年18号 宝塚の忠心蔵を前から2番目で見た。うれしーー 高橋先生ありがとう。 宝塚関連のコメントなし
1993年46号 天王洲アイルに宝塚を見に行きました。ワンタッチオブヴィーナスです。 宝塚関連のコメントなし
1997年30号 宝塚を最前列で見た。アラブの石油王になった気分。 久しぶりに宝塚を見ました。良かった!

時期に偏りが見られるのですが、1994年~1996年と1998年以降の目次コメントは読者の質問に回答する形のために言及のチャンスがなかっただけで、おそらく上記以外にも何度も行かれているものと思われます。しかし目次コメント上でお二人が一緒に観劇されたことが明らかになっているのはあくまで1992年39号と1997年30号の2回だけです。

Wikipedia に2007年3月22日 21:39 の編集(Wikipedia)で最初に記述を追加した編集者は、『らんま1/2』の八宝菜のキャラクター借り受けを巡って久米田先生と高橋先生との関係性が悪化したかのような誤解をされており(それについては同年6月22日 7:37の編集(Wikipedia)で別の編集者に修正されている)、そもそも信頼性に欠ける節が見られるので、歌舞伎に関しても宝塚の誤記なのではと疑っているのですが、いかがでしょうか。

高橋留美子先生のファンの方々におかれましては、高橋先生が目次コメントやその他の場所で久米田先生に対して「また行きましょう」と発言した事実があればご教示いただけると幸いです。

脚注

  • 1.

    『行け!!南国アイスホッケー部』の2巻カバー折り返しでは僕の夢は、タカラヅカの舞台に男役として立つ事です。とコメント、『√P ルートパラダイス』の1~2巻カバー折り返しでは宝塚愛好家としてもちょっぴり有名。と紹介されるなど、コミックスでも言及されています。 ↩ 戻る