小津安二郎『カボチャ』と池上電車

小津安二郎物語」(1989年、筑摩書房)を読んでいたらこんな記述が。

――小津さんの映画で、動いている電車の中でロケされた最初の作品は何なのですか。『若き日」にも市電のロケがありますが、それ以前に撮られたナンセンス喜劇「カボチャ』の物語を読むと、郊外電車が出てきそうですね。

厚田 ええ。あれは池上線じゃないですかな。池上線が蒲田と池上の間に開通した。本門寺様のために開通したわけです。それで車体が新しい。池上電鉄としては宣伝はしてもらいたい。それで蒲田撮影所に話があって、そんな関係でロケをしたんじゃないかと思います。新しい電車は二台しかなかったと思いますが、その電車を使ったわけです。これが単線なのです。

『小津安二郎物語』「Ⅶ お召列車に敬礼」p.177

小津安二郎の初期の作品のひとつ『カボチャ』は1929(昭和4)年8月公開の映画ですから、その頃の池上電気鉄道の新車といえばデハ100形となります。竣功届が提出されたのは、第1陣のデハ101~102は1928年6月8日、第2陣のデハ103~105は同年8月28日なので、新しい電車は二台しかなかったの発言からすると公開前年の1928年初夏にロケが行われたことになります。ただしそのときすでに雪ヶ谷―蒲田間は複線化されているので、これが単線なのですの発言とは時系列が合わないのですよね。

この厚田氏のインタビューは60年前の記憶をもとに発言されているわけですから、細かな部分で記憶違いがあったのかもしれませんが、いずれにせよ車両を貸し切って(?)のロケが行われていたことは間違いないようです。当時の池上電車の貴重な映像が記録されていたと思うのですが、フィルムが現存せず視聴できないのが残念なところです。

ちなみにこの本を読んだ本当の目的はこちら。

――『生れてはみたけれど』は、郊外の新興住宅地に越してきたサラリーマン一家の話ですが、あの庭の前にも鉄道の線路があって、一輛だけの郊外電車が縁側の向うを横切って行く。

厚田 ああ、あれも池上線です。家のセットはもちろん撮影所のステージに建てといて、庭の前のところだけをロケで撮って編集でつないだんです。

『小津安二郎物語』「Ⅶ お召列車に敬礼」p.181

生れてはみたけれど』は DVD 化されていますし、今では Web 配信もあって容易に観ることができます。劇中では池上電車だけでなくモハ510形をはじめとした目黒蒲田電鉄の車両も頻繁に登場しますから、東急電車ファンとしてはストーリーよりもそちらにばかり気が行ってしまいます(笑)。主なロケ地は矢口渡―本門寺道間でしょうかね。